第1章 序章

 図書館にやってくるどれだけの人が、何の迷いもなく自分の目的を果たし、満足して図書館から出ていくことができるだろうか。それは無理にしても、せめてトイレの場所を何度も聞かれるようなことは避けたいし、聞く方にとってもこんな質問は苦痛に違いない。そこまで極端でなくても、カウンターに出ている人間が、決まって受ける些細な質問に大きな時間を費やすことは珍しくない。

 図書館の資料やサービスを的確に利用者に提供することは図書館員の主要な仕事であり、それを援助するためにサインがある。サインは利用者と図書館員のコミュニケーションの役割を果たす重要なものといえる。(注1『しかし、図書館が建築家やデザイナーにとって美しい造りであることと、現場で働く図書館員にとって美しい造りであることとは一致しないことが多い。前者にとっては建築空間に調和するサインがよいサインであり、現場での分かりやすさを求める切実な願いは軽視されがちである。』

 (注2『確かに新館建設時において、建築家、インテリアデザイナー、大学当局、図書館員それぞれの思惑をすべて一致させて、最適の結果を得ることはなかなか難しいことだろう。建築計画段階から関係者の意志疎通を図り、友好的な協力関係を保つことが重要である。』しかし、建築後は継続して書架移動などの変化に対応したり、利用者の動線に配慮したサインを追加したり、破損に対する手当を図書館員が自ら行う必要がある。サインは建築当初の計画終了で終わるものではなく、その後の維持管理に大きな手間と時間がかかるもので、もしその作業を怠った場合は、繰り返し同じような質問に答えることになる。サイン計画はそれらの質問を減らすことで、図書館員の業務を軽減し、利用者の質問の質を向上させる可能性を持っている。ところが、ある質問が繰り返される場合はサインに問題があるといえ、その改善は必要な仕事であるのに、従来から図書館の掲示等のサインは、本来業務ではなく片手間に行うものとして軽視される傾向にある。

 今期の分科会では、図書館施設にありがちな複雑な構造のなかで、利用者がつまらないことでつまずくことのないように、良いサインとはどういうもので悪いサインとはどういうものか、そのサインがこちらの意図している内容を伝えるという目的を果たしているか、利用者の自立に役立つものか、と言った視点で大学図書館を見つめることにした。この報告書は、時間や人手、メンバーの技量の制約もあり調査の範囲が不充分ではあるが、各々がサインの重要性を認識し、自館でのサイン計画の一助となるように、サインの評価シートや、サイン改善のための手段を考えるべく努力した結果である。


(注1)図書館施設を見直す p.31-32
(注2)早稲田大学図書館WG報告書p.10

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